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コーヒーの雑学

コーヒーについてもっと知っておこう。

コーヒーの起源
コーヒーの日本伝来
薬としてのコーヒー
コーヒー禁止令と代用コーヒー
日本初のコーヒーショップ
コーヒーカップの取っ手はどっち?
本当のコーヒー通
バッハとコーヒー
映画の中のコーヒー
水出しコーヒー

コーヒーの起源

コーヒーの起源はいろいろな説があります。
主に「 コーヒー発見の2大伝説」 と呼ばれ、キリスト教説、イスラム教説が最も有力とされています。
キリスト教国での発見説の「ヤギ飼いカルディの話(エチオピア起源説)」とイスラム教国の説の「僧侶シェーク・オマールの話(アラビア起源説)」です。

まずカルディ伝説から紹介しましょう。
これは、レバノンの言語学者ファウスト・ナイロニの「眠りを知らない修道院」(1671年)に記されているもので、6世紀頃のエチオピア高原が舞台です。

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コーヒーの日本伝来

コーヒーの伝来日本コーヒーが日本に初めて入ってきたのは、江戸時代。
時代をさかのぼること1716年、8代将軍吉宗が享保の改革を行った年です。
3代将軍家光により鎖国が行われ、外国との貿易はオランダ・中国のみに制限されていました。
長崎の出島が唯一の外国の窓口でした。
長崎出島のオランダ商館を通してコーヒーは伝えられました。
1650年頃にはヨーロッパでコーヒーハウスが大流行していたわけですから、それに遅れること半世紀以上ということになります。
オランダ商館に出入りする商人や遊女、蘭学者などが先ずコーヒーを飲みます。

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薬としてのコーヒー

コーヒーの種子は様々な構造からなり、その成分は約1,000種とも言われています。
3000年の歴史と伝統を持つエチオピアの国の中央を走るアビシニア高原の緑地に自生していた野生のコーヒーに、人類が興味を寄せたのは、およそ1000年も前のことです。
1000年以上も前に記されたアラビアの文献に薬として紹介されています。

薬としてのコーヒー文献に最初に登場したのは、アラビア人の医師ラーゼスが書いたもので「バンカム(コーヒー)は熱く口当たり良き飲み物なりて、胃にも極めて良し」とあります。
彼はコーヒーの種の煮出し汁を治療薬として患者に与えて病を治療していたようです。

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コーヒー禁止令と代用コーヒー

7年戦争が終結した1736年、ザクセンはプロイセンの手に落ち、プロシア(現ドイツ)フリードリッヒ大王の統治下となりました。戦禍で荒廃した領土を復興させるために大王は、外貨を稼ぐ手段として経済政策を推進しましたが、コーヒー生豆を購入するために外貨が国外へ流出することに悩まされていました。

そこで、コーヒーの消費を減らす策として、コーヒーを“贅沢品”とした上で、医者を通じてコーヒーは身体に悪いと言わせたり、女性にとってコーヒーは良くないと吹聴したりしました。
そんな中、裕福な階層の人々は自らの富みを誇る手段として、かえって、値の張るコーヒーカップや銀器を手に入れることに専念したと言いますが、たとえ裕福であっても贅沢品のコーヒーは思うように飲めず、薄めるためにお湯で割って飲むスタイルが主流になりました。
色の薄いコーヒーを注ぐため、カップの底に絵柄をつけたマイセンのカップがはやり、特権階級の人々はそんなコーヒーを「小花コーヒー」と呼んで楽しみました。

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日本初のコーヒーショップ

日本人の間でコーヒーが飲まれ始めるのは、1854年に鎖国政策が終わり開国がなされてからのことです。長崎についで、神戸、横浜、函館などに外国人居留地がつくられていき、外国人との接触も増えコーヒーを飲む機会も段々と増えていきます。そんな中でコーヒー飲用の記述があります。

1867年パリ万国博への同行者渋沢栄一の「航海日記」に「食後カッヘーという豆を煎じたる湯を出す。砂糖、牛乳を和して之を飲む。胸中を爽にす。」という記述があります。
「焦げ臭くして味ふるに堪ず。」とはずいぶん違ってきています。
コーヒーショップ
世界最初のコーヒーハウスが開店したのは1554年。
トルコのコンスタンチノープル(現在のイスタンブール)にそれまでの露店ではなく、世界最初のコーヒーハウス「カーネス」が開店します。
フランス・ドイツ・イギリスと次々にコーヒーハウス全盛の時代に入っていきます。

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コーヒーカップの取っ手はどっち?

コーヒーショップなどで普段、何気なく置かれるコーヒーカップ。
取っ手が右側になっていることもあれば、左側になっていることもあります。
いったいどちらが正しいのでしょう?
コーヒーの取っ手
右利きの人ならカップを右手で持ちますから、取ってが右側にある方が好都合です。
実は取ってが右側にくるこの方式は、アメリカ式のセッティングなのです。
逆に取ってを左側にセットするのはイギリス式なのだそうです。
イギリス式の場合でも、右利きなら取ってを左手で持つのは不自然です。
カップを口に運ぶ前に、取ってを右側に回し、そのまま右手で取ってを持ちます。
クリームや砂糖を使う場合は、スプーンでコーヒーを混ぜてから、取ってを右側に回します。

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本当のコーヒー通

あなたは、コーヒー党ですか?紅茶党ですか?
コーヒーや紅茶も種類は、本当にたくさんありますし、好みも人それぞれですよね。
コーヒーは豆の種類によって酸味や苦味、香りに特徴があります。
その特徴が一番よく発揮されるのが、ストレートコーヒーにしてブラックで飲んだ時です。
コーヒー豆の個性をよく知っていて、その個性をそのまま味わいたい人には、ベストな飲み方といえます。

でも、コーヒーの美味しさは、ストレートやブラックにだけあるのではありません。
ブレンドにはブレンドなりの豊かな味わいがありますし、好みの配合で自分だけのスペシャルブレンドをつくる楽しみもあります。
また、クリームや砂糖にも、コーヒー用のものもありますし、こだわりコーヒーにもう一つ別の美味しさをプラスする効果があるのです。

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バッハとコーヒー

ドイツのコーヒー1670年になってドイツにコーヒーが入り、79年にはドイツ初のカフェが登場。
そして、ドイツでもコーヒー騒動が起きます。
ここで登場するのが、あのヨハン・セバスチャン・バッハです。
.S.バッハ(1685~1750)は、楽器が持つ限りない可能性を引き出したドイツの巨匠です。
教会のオルガン奏者でもあったバッハは、音楽を神へ捧げるだけに留まらず、演奏の場を“教会”から“コーヒーハウス”にまで広げた人でもありました。

ロンドンのコーヒーハウスは女人禁制とされ、バッハの生きた時代のドイツでも「女性はコーヒーを飲むべきではない」とされていました。

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映画の中のコーヒー

私にもベッドでモーニングコーヒーを彼に入れてもらって飲んでみたいという願望を持っていた若い頃がありました。(笑)
それは、やっぱり映画の影響だったと思うんですが、映画の中でもコーヒーやカップが印象的なものがたくさんあります。特に昔の映画が好きだったりします。

オードリー・ヘップバーン主演の「シャレード」や「ティファニーで朝食を」では、コーヒーがとてもユニークな小道具になっている感じます。
シャレードのあらすじを簡単にお話すると、主人公・レジーナ(オードリー・ヘップバーン)の夫が何者かに殺害されたところから始まります。
夫は戦時中に軍の大金を横領し、3人の男に追われている途中で殺されてしまったのですが、そんな事情を知らないレジーナが、スキー場でピーター(ケーリー・グラント)と知り合うところから、「謎解きゲーム(“シャレード”とは「謎解き」の意)が始まっていくのです。
印象に残るシーンのひとつに、スキー場でレジーナが何者かの銃口に狙われながら珈琲を飲むシーンがあります。冒頭からの緊迫したシチュエーションにくぎづけになっていると、銃口から飛び出すのはなんとだたの水。友人の息子ジャン・ルイのいたずらだったりして、ふっと力が抜ける感じがとても好きなんです。

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水出しコーヒー

水出しコーヒー水出しコーヒーとは、その名の通り「水で抽出するコーヒー」のことです。
高温抽出とは違う、まろやかな味わいを楽しめるのが特徴です。
水出しコーヒーの方法としては、「水出しバッグ」や「水出しポット」を使い、十数時間~3日ほどかけ
て抽出する「浸透式」と「ウォータードリップ式」と言い、水出し専用のコーヒーメーカーを使います。この機械では、フィルターの上に挽いた豆を置き、その上に一滴一滴水を落とし、下の容器で受けるというものです。
そして、もう1つ「香りアイスコーヒー」。
これは、作り方が浸透式に似ていますが、チャカチャカ混ぜてから1時間以内のスピード抽出なので、苦みの強いスッキリした味わいに仕上がります。水出しコーヒーだけど、まろやかには仕上がりません。

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