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コーヒーの日本伝来

コーヒーの伝来日本コーヒーが日本に初めて入ってきたのは、江戸時代。
時代をさかのぼること1716年、8代将軍吉宗が享保の改革を行った年です。
3代将軍家光により鎖国が行われ、外国との貿易はオランダ・中国のみに制限されていました。
長崎の出島が唯一の外国の窓口でした。
長崎出島のオランダ商館を通してコーヒーは伝えられました。
1650年頃にはヨーロッパでコーヒーハウスが大流行していたわけですから、それに遅れること半世紀以上ということになります。
オランダ商館に出入りする商人や遊女、蘭学者などが先ずコーヒーを飲みます。

その味については、こんなふうに書物に残っているそうです。
「紅毛船にて、カウヒイというものを勧む、豆を黒く炒りて粉にし、白糖を和したるものなり、焦げ臭くして味ふるに堪ず。」狂歌、洒落本の作者で名高い太田蜀山人は「瓊浦又綴(けいほゆうてつ)」に日本人初のコーヒー飲用体験を書いています。
焦げ臭く...ということで、どうもコーヒーの味は、日本人の舌にはなじまなかったようですね。
すでに緑茶の味に慣れていたとも考えられますし、食生活の違いもあったでしょう。
今でこそ誰にでも好まれているコーヒーですが、日本ではすぐには普及しなかったのです。

文献上初めてコーヒーの名が記述されたのは1782年でした。
長崎の蘭学者志筑忠雄の「万国管窺(ばんこくかんき)」に「阿蘭蛇の常に服するコッヒイと云ふものは形豆の如くなれど実は木の実なり」とあります。
確かに見た目は落花生のようです。「珈琲」の漢字を宛てたのは、蘭学者の宇田川榕庵です。
「珈」は女性の髪にさす珠玉飾り、「琲」は玉を貫く紐を意味します。
蘭学者の宇田川榕庵著「蘭和対訳辞書」に珈琲の字があり、珈琲の赤い実が枝にたわわに実る様子を表現しています。
当時は、こんな木の実が飲み物になるなんて...ぐらいの感じだったのかもしれませんね。

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